特許第7867700号解説:感染と炎症を同時に制御するPTX3‑Fc融合タンパクの新規戦略
― 自然免疫を活用した次世代感染症治療の可能性 ―
概要 技術の要点と特許の位置づけ
本特許は、自然免疫分子であるペントラキシン3(PTX3)を活用し、新しい治療薬へと応用した技術です。
PTX3由来のペプチドは、細胞外ヒストンに結合して凝集体を形成することで、敗血症などの重度の炎症時に問題となる血管内皮細胞の障害を抑制することが知られています。しかし、ペプチド単独では体内で分解されやすく、安定性が十分でないという課題がありました。
本発明では、この課題に対し、抗体の一部であるFc領域(Fcフラグメント)とペプチドを融合することで、体内での半減期と安定性を大幅に向上させ、動物試験において有効性を示しています。
さらに、このFc融合PTX3ペプチドは、SARS‑CoV‑2などのウイルスの表面タンパク質であるスパイクタンパクおよびコアタンパク質であるヌクレオカプシドタンパクにも結合し、感染の進行を抑える効果が期待されます。
このように本技術は、「感染」と「炎症」という重症化の2つの要因に同時に働きかける、新しいタイプの治療法として注目されます。
背景 自然免疫分子PTX3の機能と創薬上の課題
PTX3は、炎症が起きた際に体内で急激に産生・放出される急性期タンパク質です。おもに好中球などの免疫細胞から分泌されます。
病原体への直接結合、補体活性化、オプソニン作用などを介して、細菌・ウイルス双方に対する防御反応を誘導することが知られています。弊社は特に以下に示すPTX3の2つの採用について注目をしています。
1、ヒストン中和
PhotoQ3の代表取締役である浜窪隆雄は、東京大学先端科学研究所所属時代の研究において、PTX3が細胞外ヒストンと相互作用して共凝集体を形成し、細胞外ヒストンのもつ血管内皮細胞への細胞毒性作用を防ぐということを見出しました。
細胞外ヒストンは、本来は細胞の核内にあるはずのヒストンが、体内に侵入した細菌やウイルを捕まえるためにNETs(好中球細胞外トラップ)として細胞外に放出され、血管内皮細胞への細胞毒性作用をもつことから、大量に放出された際は、微小血栓形成の原因となり、多臓器不全から敗血症死をもたらす主な原因と考えられています。

K. Daigo, M. Nakakido, R. Ohashi, R. Fukuda, K. Matsubara, T. Minami, N. Yamaguchi, K. Inoue, S. Jiang, M. Naito, K. Tsumoto, and T. Hamakubo, Protective effect of the long pentraxin PTX3 against histone-mediated endothelial cell cytotoxicity in sepsis. Sci. Signal. 7, ra88 (2014).
2、ウイルス中和作用
SARS‑CoV‑2やインフルエンザウイルス、サイトメガロウイルスなどの表面タンパク質やコアタンパク質に結合し、ウイルスがヒトの細胞に侵入(吸着)するのを物理的にブロック(中和)します。

特にPTX3のN末端領域にはこれらの毒性因子を中和する活性が見出されていますが、短鎖ペプチド単体では血中安定性が不十分であり、in vivoでの有効性に課題がありました。この点が、本特許における技術開発の出発点となっています。
本技術の特徴① PTX3機能最小化とFc融合による分子設計の最適化
本技術の重要な特徴は、自然免疫分子PTX3の機能を担う最小ドメインを抽出し、抗体のFc領域と融合することで、医薬として成立する分子設計を実現した点にあります。従来、PTX3は多機能性を有する一方で、分子サイズの大きさや凝集性により、安定的な製剤化や体内動態の制御に課題がありました。本技術では、これらの課題に対し「機能の最小化」と「構造の最適化」によって対応しています。
主な設計要素は以下の通りです。
機能ドメインの抽出
ヒストンやウイルスとの結合にはPTX3のうちN末端領域(18–67 aaを中心とした機能ドメイン)のみで十分に能力を発揮することを見出だしました。

Fc融合による最適化
上記のN末端領域と抗体のFc領域を融合することで、以下の点を向上させることができました。
- 血中半減期の延長
- 分子安定性および可溶性の向上
- 抗体医薬と共通する製造・精製プロセスへの適合

本技術の特徴② 感染と炎症を同時に制御する作用機序
本技術の大きな特徴は、単一の分子で感染制御と炎症制御の両面に作用する点にあります。従来は、感染初期に対しては抗ウイルス薬や抗菌薬を用い、さらに病態が進行して炎症や多臓器障害が生じた場合には抗炎症薬を併用するというように、それぞれ別の治療で対応する必要がありました。本技術はこれらを一体的に制御できる点が特徴です。
感染制御
- ウイルスのもつ表面タンパク(スパイクタンパクなど)に結合
- ウイルスの細胞への侵入や作用を抑制
炎症制御(DAMPs抑制)
- 炎症時に生じる細胞外ヒストンに結合し凝集体を形成
- 血管内皮細胞障害を抑制
このように、病原体の感染そのものと、感染後に引き起こされる炎症の両面に同時に介入できる点が本技術の本質です。結果として、敗血症やCOVID‑19のように病態が複雑で多段階に進行する疾患に対して、より包括的に制御できる設計となっています。
まとめ 技術価値と応用展開の可能性
本技術は、自然免疫分子PTX3の機能ドメインを最適化し、Fc融合により安定化することで、感染制御と炎症制御を単一分子で実現した点に新規性があります。特に、病原体由来因子と宿主由来因子の双方に作用する設計は、従来の抗感染薬や抗炎症薬とは異なる創薬アプローチであり、複雑な病態を示す感染症に対して包括的な介入を可能にします。
応用展開としては以下が想定されます。
- 敗血症などの全身性炎症疾患
- COVID‑19を含む重症ウイルス感染症
- 血管内皮障害や免疫過剰反応を伴う病態
このように本技術は、既存治療では対応が難しかった「感染と炎症の連関」に介入できる点で、広範な疾患領域への展開可能性を有しています。今後は、既存治療との併用や適応拡張を通じて、感染症治療の新たな基盤技術として位置づけられることが期待されます。